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福岡家庭裁判所 昭和56年(家)723号 審判 1981年7月28日

本籍及び住所 福岡市

申立人 村山弘子

国籍 中国 住所 北九州市

相手方 陳澤伯

国籍 中国 住所 福岡市

事件本人 陳順香

主文

申立人を事件本人の扶養教育者(監護養育者)に指定する。

理由

1  本件申立の趣旨は、「事件本人の親権者を申立人に指定する。」との審判を求め、その理由として、申立人は、昭和五二年五月一二日相手方と婚姻し、同五三年一〇月五日、その間の子として事件本人が出生した。申立人と相手方とは同五五年五月一四日協議離婚したが、事件本人の親権者については協議ができないので、現に事件本人の監護養育をしている申立人をその親権者に指定することの審判を求めるというのである。

2  本件記録によると、申立人主張の各事実及び申立人は事件本人を日本に帰化させたい意向であることが各認められる。

3  ところで、親権者指定の問題は、親子間の法律関係というべきであるから、法例第二〇条により父の本国法が準拠法となるべきところ、本件において父の本国法は中華人民共和国の法律(以下単に「中国法」という。)である(親権者の指定を広義における離婚の効果と考えても、離婚の準拠法は法例第一六条により、夫たる相手方の本国法すなわち中国法であるから結果において異なるところはない)。

しかして、申立人の離婚当時における中国婚姻法(一九五〇年五月一日公布施行のもの、以下「旧婚姻法」という。)によると、夫婦の家庭内における地位は平等であり(旧婚姻法第七条)、父母は子女に対して扶養教育の義務がある旨(同法第一三条)規定しており、更に、同法第一条は子女の利益無視等の封建主義の婚姻制度は廃止する旨規定している。これらの規定から考えると、中国旧婚姻法は、その父母と子女との関係を権力支配的な「親権」を基本とするものではなく、主として子女の利益、福祉の見地から、その扶養教育すなわち監護養育との関係でとらえてこれを規律し、婚姻中の父母に共同(平等)の責任をもつて子女を扶養教育(監護養育)するものと解せられ、わが国の民法におけるような親権という観念は直接に明定するところはなく、中国法における親子関係は、旧来におけるような権力支配的な親権者を全く排除し、子女もまたもとより、親権的支配の客体ではないものと観念しているものといえる。そして、ここで、強いて親権、たとえば、未成年者の子女に代つてある法律行為をする法定代理権というが如きものを考えるとすれば、それは父母の子女を扶養教育(監護養育)する義務に付随する権利に過ぎないものと解するのが相当と考える。

なお、同法第一七条には、夫婦が離婚する場合「子女及び財産問題に対して確実に適当な処理方法のあることを審査の上、明確となつた場合は離婚証を発行しなければならない。」とし、また、中華人民共和国婚姻登記手続法は、その五において「婚姻登記機関は、離婚を申請する男女双方が自由意思によつて離婚を望み、かつ、子女と財産の問題につき適当な処置がとられたことが明らかになつたときは離婚を許し、離婚証を交付しなければならない。」旨規定しているが、ここにいう「子女に対する適当な処置をとつた」とは、子女すなわち未成熟子について、その利益及び福祉を基として扶養教育(監護教育)に関し適当な措置、すなわち子の扶養教育(監護養育)について父母のうちいずれがこれを行うか、その扶養教育(監護養育)費をどのように負担するか等につき適当な措置がとられたことをいうものと解せられる。

もつとも、旧中国婚姻法第二〇条は「父母と子女との間の血族関係は、父母の離婚によつて消滅することはない。離婚後子女は父側あるいは母側のいずれにおいて扶養されるときでも依然として父母双方の子女である。離婚後、父母は出生した子女にたいしては、依然として扶養および教育の責任がある。」としているが、それは父母は離婚によつても、子女との間の血族関係の不消滅を宣明したものであり、かつ離婚した父母は、その子女の現実の扶養教育が父、母のいずれであつても、他方の父、母は依然として扶養教育をすべき責任があるものとして、それに必要な費用の負担責任を課したものに過ぎない趣旨であると解せられ、この規定をもつて離婚後も父母が法律上共同親権を有するものと解すべきではない。

そして、また同条は「離婚後、哺乳期にある子女は、哺乳する母親に渡すことを原則とする。哺乳期後の子女は、もし双方とも扶養を希望し、争執して協議が成立しないときは、人民法院において子女の利益にもとづいて判決する。」旨定め、父母離婚後の子女の扶養教育すなわち監護養育すべきものを父母のいずれにするかについて協議がととのわないときは裁判所が子女の利益を考慮してこれを定めることができることを明らかにしている。そして、これらの考え方は、一九八〇年九月一〇日第五期全国人民代表大会第三回会議で採択され、一九八一年一月一日から施行された中国の新「中華人民共和国婚姻法」の大綱においても変るところはないものといえる(同第九条、第一七条、第二四条、第二九条、第三〇条)。

以上のように、結局、中国の婚姻法においては、父母と子女との関係について親権なる観念は存在しないものと考えるのが相当であつて、父母離婚の際、未成年者の扶養教育者さえ定まれば、未成年の子の親権者は誰であるか、また、親権者を父母のいずれかに指定すべきことを命じた規定は存在しないのみならず、その必要性もないものと解するのが相当である。そして、未成年の子が法律行為をなすについて実際の代理権限は現に子を扶養教育すなわち監護養育する者の扶養教育権ないし監護養育権に付随する権利として、その者がこれを行使することができるものと解するのが相当である。

4  本件においてみるに、本件申立は、未成年者である事件本人の帰化申請をするにつき、その法定代理人がないので、申立人を事件本人の親権者に指定することの審判を求めるというのであるが、前述のように中国の婚姻法上親権者の指定ということは考えられないものであるところ、帰化等の法律行為の手続の代理権限は、事件本人の扶養教育者すなわち監護養育者に指定されたものがこれをすることができるものと解するから、その指定をもつて足りると考える。よつて、申立人の本件申立は、その趣旨からして、事件本人の扶養教育者すなわち監護養育者の指定の申立と解するのが相当であるところ、事件本人は未だ二歳九月の幼児であつて、現にこれを監護養育している母である申立人をもつて、その扶養教育者(監護養育者)に指定し、申立人に事件本人の法律行為の代理をもさせるのが事件本人の利益及び福祉に合致するものと認め、主文のとおり審判する。

(家事審判官 原政俊)

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